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「ひさしぶり! おまえさ、昔、子供のころに見つけた変な木のこと、覚えてるか? ちょっと会って話せないか?」 高校卒業して以来地元に帰っていない俺は、不意の幼馴染からの電話に懐かしさを覚えつつ、少し身構えて答えた。 「おう、ひさしぶりだな。変な木......って、なんだっけ? だいたい会うっつっても俺はいま」 そこで、電話が切れた。昼休みが終わる。とにかく仕事に戻ろう。
午後の勤務中、昼のことが気になっていた。 急に切れた電話よりも、なぜか彼の言った「変な木」が頭から離れない。 仕事はちょうど繁忙期が終わる頃で、消化しなければならない有給も貯まっていた。 俺の急な連休申請に、驚きつつも受理してくれた上司に軽く頭を下げ、明日、俺は十数年ぶりに地元へ帰ることにした。
翌日、地元への電車の中。「変な木」のことはやはり思い出せない。 「やっぱわからん。電話しても出ねえし......15年か。今までなんで帰ろうと思わなかったんだろう」 思い浮かぶ理由は漠然としていて、明確なものはない。胸の奥の小さな違和感が、少しだけざわつく。 「あれ、あいつの名前なんだっけ」
思い出そうとするほど、意識が拒むように霧がかかる。 あいつだけじゃない、実家や風景すら思い出せない。急いでスマホを取り出す。 「……ない」 確かにあった着信履歴も連絡先も無くなっている。忘れたんじゃない。忘れさせられている。 でも怖さよりも強いのは、失われたものを取り戻したいという欲求だった。
やがて電車は目的地へ、意外というべきか、当然というべきか、降りる駅を迷うことはなかった。 導かれているのか、拒まれているのか――考えていても仕方がない。 見慣れているはずの故郷に、懐かしさはない。だが、行くべき場所だけは、はっきりとわかる。 ……半香(はんか)町・守屋(もりや)邸跡。
三十分ほどか。知っているはずなのに知らない道を、俺は迷わず進んだ。 やがてたどり着いた場所は、敷地の入り口が古びたロープと看板で封鎖されていた。 奥には、石造りの基礎だけが残っている。朽ちかけた看板とは裏腹に、敷地内は妙に整っていた。 この町に戻ってから、初めて、かすかな懐かしさを覚えた。
ロープを越えて敷地に入り、石造りの基礎を調べる。一角だけ、掘り返されたような新しい土の跡があった。誰かが、最近ここに来ている。 近づこうとした瞬間、背後から声をかけられた。 「……もしかして、翔ちゃんか?」 その懐かしい呼び名に時間が巻き戻ったような感覚を覚えた。
振り返って声の主を見た瞬間理解した。 こいつと昨日の電話のやつ、子供のころ俺たち3人はいつも一緒だった。 なのに。 「あ……」 口を開きかけるが、言葉が出ない。 俺の様子を見たその男は、すぐに察したようだった。 「……名前、思い出せないんでしょ?」
「!?、なんで。いや俺、なんかおかしくて。おまえのことわかるのに……名前だけが、どうしても」 男は静かにうなずいた。 「……わかってる。××ちゃんも……同じだったから」 「え?今、誰だって?」 思わず聞き返す。 「××ちゃんだよ」 確かに言葉は聞こえているのに理解ができない。
男は悔しそうに首を振った。 「……やっぱりダメか。××ちゃんにも伝わらなかった」 名前が発せられる度、雑音が邪魔をする。 「それって、俺とお前と、いつも一緒にいたやつか?」 「そうだよ!覚えてるの!?」 男が一歩、詰め寄る。 「思い出せないけど、わかる。俺たち3人がいつも一緒に遊んでたこと」